5月20日、津波で甚大な被害を受けた宮城県内を視察、仙台市東部にあるがれき処理の現場へ直接出向き、意見交換をさせていただきました。鳩山邦夫は以下のようにコメントしています。
東日本大震災のシーンは、映像や写真で何百回も見ていましたが、その現場に立ってみると、巨大津波のツメ跡が、およそ、私たちの想像をはるかに越えたものであることがよくわかります。ガレキの前に立ち、その木片の一つ、ビニール一片にも、地域住民の方々の平和な暮らしの歴史が刻まれていることを考えますと、これは、巨大なゴミの山ではなく、地域コミュニティの位牌のように思えてくるのでした。
仙台市宮城野区の中野小学校。三百人以上の児童や住民が校舎屋上に集まって救われていったといいます。しかし、校舎も体育館も全壊。私は昔、文部大臣をやっていましたから、つい「この学校の全面建てかえは、いつ頃になるのでしょうか」と地元の消防局の方に尋ねてしまったのです。「さあ、当分、ここには誰も住まないでしょうから、この場所に小学校が建つことはありえません」 全く愚問だったのですね。非常に空しく淋しい気持ちになってしまいました。地域ごと消滅するという恐ろしさ、確かに未曾有の大災害だったわけです。
亡くなられた皆様のご冥福を心からお祈り申し上げますとともに、被災された方々の再出発を、少しでもお手伝いできるよう、全力を尽くすことをお誓いいたします。
衆議院議員 鳩山邦夫
